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盛岡地方裁判所 昭和31年(行)2号 判決

原告 影山忠雄

被告 岩手県知事

主文

原告の本訴中、被告が昭和二三年八月一日付岩手と第一七四号買収令書をもつて別紙目録第一の(イ)の土地についてなした買収処分、および同日付岩手と第二四七号買収令書をもつて同目録第二の(イ)、(ロ)、(ハ)の各土地についてなした買収処分のいずれも無効であることの確認を求める部分の訴はこれを却下し、被告が右昭和二三年八月一日付岩手と第一七四号買収令書をもつて同目録第一の(ロ)の土地についてなした買収処分の無効であることの確認を求める部分の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二三年八月一日付岩手と第一七四号買収令書をもつて別紙目録第一の(イ)、(ロ)の各土地についてなした買収処分、および同日付岩手と第二四七号買収令書をもつて同目録第二の(イ)、(ロ)、(ハ)の各土地についてなした買収処分のいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、別紙目録第一の(イ)、(ロ)の各土地および第三の土地はもと原告の父影山善吉の所有であつたが、昭和一二年三月一七日父善吉の死亡により原告においてその家督相続をなし、右各土地の所有権をも承継取得し、その後いずれも原告の所有であつた。

二、旧盛岡地区農地委員会は昭和二三年二月前記第一の(イ)、(ロ)第三の各土地を善吉所有の小作農地として第六期農地買収計画を立て、同月二八日これを公告し、その後一〇日間書類を縦覧に供したので、原告が同年三月一一日異議を申し立てたが棄却され、さらに岩手県農地委員会に訴願を提起したが、これも棄却された。被告は所定の承認手続を経て同年八月一日、別紙目録第一の(イ)、(ロ)の各土地について、善吉宛同日付岩手と第一七四号買収令書、および同目録第三の土地について前同様善吉宛同日付岩手と第二四七号買収令書を発行し、同年九月二一日右各買収令書を原告に交付して右各土地の買収処分をした。

なお同目録第三の土地はその後同目録第二の(イ)、(ロ)、(ハ)の各土地と盛岡市大字新庄字新庄二二番の一畑一畝二一歩の四筆に分筆され一部地目も変更された。

三、しかし前記被告のなした買収処分には次の瑕疵がある。

(1)  第一の(イ)、(ロ)の各土地はいずれも煉瓦および瓦の原料の粘土の採取を主目的とする土地であつて、前記買収計画当時は粘土採取のために使用してはいなかつたが、やがて右目的に供されることが明らかな土地であつた。そればかりでなく、当時すでに近く市街宅地に使用目的を変更するのを相当とする土地であることが明らかな土地であつた。

したがつて右各土地は旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法と略称する)第五条第五号にいわゆる近く土地使用の目的を変更するのを相当とする農地に該当し、買収から除外せらるべきことの明らかな土地であつたのにこれを買収した。

(2)  第三の土地の一部、すなわちその後これを分筆した第二の(イ)、(ロ)、(ハ)の各土地はいずれも盛岡市内の天満宮の東方近くに位置し、北方は道路に、東西は住家に接し、これまた当時すでに近く市街宅地に使用目的を変更するのを相当とする土地であることが一目瞭然とした土地であり、前同様買収から除外せらるべきことの明らかな土地であつたのにこれを買収した。

(3)  また第一の(ロ)の土地の買収は四反五畝一七歩のうちの三反七畝一七歩の一部買収であるのに、その買収範囲が買収計画手続上でもまた買収令書上でも特定されていない。

以上により被告の右買収処分は違法である。しかもその瑕疵がいずれも重大でかつ明白であるから、右買収処分は当然に無効である。これが無効の確認を求める。

四、被告の本案前の答弁に対し、本訴は行政処分の無効確認を求める訴であるから何時でも行政処分の違法事由を主張して提起することができ、そして新な違法事由を理由とする場合には、同一行政処分に対し前に取消訴訟の敗訴の確定判決があるときであつても、その既判力によつて左右されるものではない。

と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、本案前の答弁として「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、

一、原告は昭和二三年一〇月二〇日当裁判所に対し被告岩手県知事を相手方として本件買収処分の取消訴訟を提起し、当裁判所同年(行)第一〇九号行政庁の違法処分の取消請求事件として係属し、審理の結果、昭和二四年七月一二日原告の請求を棄却する旨の判決の言渡があり、右判決は原告から控訴の提起もなくその後法定期間の経過により確定した。

右取消訴訟は本訴におけると同一の違法事由を理由として買収処分の取消を求めたが、原告主張の違法事由の存在が認められず、その請求の理由がないものとして原告の請求棄却の判決があつたのである。右取消訴訟の確定判決の既判力は当然本訴にも及ぶから本件訴は不適法として却下せらるべきものである。

二、もつとも前訴の取消訴訟においては、別紙目録第一の(イ)、(ロ)第三の各土地は原告の家業の煉瓦および瓦製造業の原料の粘土の採取を主目的とする土地として近く使用目的を変更する予定の土地であつたから、買収から除外せらるべきものであることを理由として主張するのに対し、本訴においては、第一の(イ)、(ロ)の各土地については、前同一理由の外、近く市街宅地に使用目的を変更するのを相当とする土地であることが明らかな土地であつたから買収から除外せらるべきことをも主張し、なお右第一の(ロ)の土地については、一部買収であり買収の範囲不特定の新な理由をも附加し、また右第三の土地の一部である第二の(イ)、(ロ)、(ハ)の各土地については、単に近く市街宅地に使用目的を変更するのを相当とする土地であることが明らかな土地であつたから買収から除外せらるべきことを主張し、前後の訴においてその理由として主張する具体的事情が少しく異るものがあるけれども、行政処分の取消訴訟の請求の原因は行政処分の違法の主張自体であり、行政処分を違法ならしめる具体的瑕疵の事由の主張はその攻撃方法の一にすぎないものであるから、同一の土地に対する買収処分の取消を求める訴についてされた原告の敗訴判決の確定している以上は、たとえ後訴が前訴と異る違法事由を理由とする場合であつても、ひとしく前訴の確定判決の既判力により前訴の認定に反する主張をすることができない。後訴が買収処分の無効確認を求める訴であつても同様である。もしそうでなければ行政処分の安定性を欠くこととなるからである。

と述べ、

本案について「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張一および二の事実を認める。

二、同三の事実のうち(2)の別紙目録第三の土地の一部すなわちその後これを分筆した同目録第二の(イ)、(ロ)、(ハ)の各土地が盛岡市内の天満宮の東方近くに位することおよび(3)の同目録第一の(ロ)の土地の買収が一部買収であることはこれを認めるが、その余の各事実はこれを争う。

(1)  同目録第一の(イ)、(ロ)の各土地は買収計画当時は勿論買収処分当時も農地であり、右各土地がはたして煉瓦および瓦の原料の粘土を埋蔵するものかどうか、真に原告が採掘するものかどうか、何時採掘するのかその時期も不明確であつた。

また右第一の(イ)、(ロ)の各土地は当時近く市街宅地に使用目的を変更するのを相当とする客観的状況下にはなかつた。

(2)  同目録第三の土地の一部の第二の(イ)、(ロ)、(ハ)の各土地も農地であり仮りに遠い将来において市街宅地となる可能性があるとしても、買収計画当時は勿論買収処分当時に近く使用目的を変更するのを相当とする客観的状況下にはなかつた。

(3)  同目録第一の(ロ)の土地の買収が一部買収であるが、その買収の範囲は現地において特定しているのみでなく、買収の手続上においても特定しており、原告もその範囲を知りながら単に煉瓦、瓦の原料の粘土の採掘をしようとしていた土地であるとの理由をもつて異議訴願を提起しており、なんら原告の権利擁護に支障がなかつたのである。

以上原告の本訴請求は失当であると述べた。

(立証省略)

理由

まず被告の本案前の行政処分の取消訴訟判決の既判力に関する主張について考えてみるに、そもそも判決の既判力は裁判所が原告によつて訴訟物として主張された法律関係の存否に関してなした判断について生ずる効力であり、どんな法律関係が訴訟物となるかは原告主張の請求の原因によりきまるのであるから、後訴の請求の原因が異れば、その請求の基礎が同一であつても訴訟物が異ることとなり既判力はこれに及ばない。行政処分の取消訴訟の判決の場合もまた同様である。

そこで行政処分の取消訴訟の請求の原因が問題となる。

行政処分の取消の訴訟は一の形成の訴訟である。形成訴訟の請求の原因は、同一認識説によつても、形成の主体、目的物の外その発生原因をも表示すべきものとなすことは一般に異論のないところであり、行政処分の取消訴訟の場合においてもまたその例外ではない。

ところで行政処分はすべてその主体、内容、手続などに関する各種の法規に従つてなされるものであり、各法規は一定の行政目的のためのものではあるが、その規律するところのものにはその間それぞれ個別の立法の趣旨使命を帯しておるものがあり、一の違背は他の違背とおのずから異るものがあり、各独立に評価判断されなければならないから、行政処分のこのような各法規の規律するところに違反する事実に請求識別の形成の発生原因があるものとしなければならない。

そうだとすれば行政処分の何法規の規律するところに違反するというような一定の法律要件を充足するものと考えられる各規律違反の事由毎にこれが取消の形成権が発生し、したがつてこの各規律違反の事由毎に取消訴訟の請求の原因が組成されるものといわなければならない。

被告は行政処分の取消訴訟の請求の原因は行政処分の違法の主張自体であり、具体的違法事由の主張はその攻撃方法の一にすぎないと主張するが、それは各法規の個性を無視し、形成訴訟の請求の識別に形成権の発生原因も要することにした趣旨を没却することになるのみでなく、大体行政処分の単なる違法の主張は事実の主張ではなく、事実に対する原告の法律的評価判断の主張にすぎないのであり、そのような評価判断の趣旨は通常請求の趣旨によつても知ることができるのであり、民事訴訟法が原告に対し請求の趣旨の外にさらに請求の原因の主張をも要求していることの意味がないことになる。

しかも被告の見解によれば、訴訟の進行中原告が自由に違法事由を追加または変更することができ、また判決の結果紛争を一挙に解決して行政処分の安定性を保持することができるとするものであるかのようでもあるが、前段は一応原告の利益であるが、現在の訴訟の運営上時機におくれた攻撃方法拒否の傾向につれてその期待が減少するし、後段は明らかに権利侵害の救済を求める原告の利益ではなく、国家の利益にすぎないのであり、権利救済の趣旨の考方ではない。

またもしそのように違法の範囲まで既判力が拡大されるものとすれば、原告はおそくも最終口頭弁論まですべての違法事由を主張すべきことを強要され、主張しなかつたことの不利益を科される結果となるのであるが、そのようなことは民事訴訟法第五四五条第二項の規定のような明文のない限り当然にとられる解釈ではない。

はたしてそうだとすれば、一定の法律要件を充足するものと考えられるような新な違法事由を主張して同一行政処分の効力を争うことはなんら前訴の既判力違背の問題を生じないものといわなければならない。このことは後訴が行政処分の無効確認を求める訴の場合においても同様である。

本件について前訴と本訴のこの点の関係を考察する。

成立に争のない乙第一号証(前訴の訴状)第二号証(同判決)によれば、本件原告が本件被告を相手方とし当裁判所に対し、被告が昭和二三年八月一日付本件各買収令書をもつて別紙目録第一の(イ)、(ロ)の各土地および第二の(イ)、(ロ)、(ハ)の各土地に分筆前の第三の土地についてなした買収処分の取消を求める訴を提起したこと、右各買収処分が取消さるべき理由として、

(一)  右各土地は原告の家業の煉瓦および瓦製造業の原料用粘土を埋蔵している農地であり、業務用粘土を採掘しようとしていた土地で、採掘の場合は何時でも離作することを条件として小作させていたものであり、旧自創法第三条により買収する農地すなわち耕作の目的に供される土地(同法第二条第一項)に該当しないものである。

(二)  煉瓦および瓦製造業は父祖伝来の原告の家業である。右各土地などから従来幾分採掘し今後採掘事業を継続し、その拡張を企図していたのであり、右各土地を買収されては将来家業を中止するのやむないことになるから、旧自創法第五条第五号の指定をなし買収から除外せらるべきものである。

なお原告の父影山善吉は明治四三年三月中盛岡市新庄字山王二六番所在の宅地三五二坪および畑三反三畝一歩を宅地上の建物とともに買い受け、山王山の傾斜地にある右畑地の変換可能の部分を宅地となし、木造瓦葺平屋建瓦工場一三九坪および木造瓦葺平屋建窯場四八坪を建設し、煉瓦瓦の製造工場に使用して来たのである。

(三)  右各土地の買収処分は原告の保有面積を超過してなしたものである。

と主張したこと、そして右訴は当裁判所昭和二三年(行)第一〇九号行政庁の違法処分取消請求事件として係属し、審理の結果昭和二四年七月一二日右原告主張の違法事由はいずれも認められないとして原告の請求を棄却する旨の判決があつたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠がなく、また右判決が原告から控訴の提起がなくその後法定期間の経過により確定したことは原告において明らかに争わないところである。

そして他方本訴において原告の主張する違法事由はその主張三の(1)、(2)、(3)のとおりである。

前示前訴で判断を受けた各違法事由と本訴の各違法事由を対比するのに、本訴の三の(1)、(2)の各事由は前示前訴の(一)、(二)の各事由と結局同一に帰するものといわなければならない。

なお本訴においては、右(1)において市街宅地に使用目的の変更の事由をも明らかにし、(2)においては市街宅地に使用目的の変更の事由のみを主張しているが、前後いずれの訴も旧自創法第五条第五号の買収除外の主張の点において同一であり、同法条は結局近く農業使用の目的から他の目的に変更するのを相当とする農地の買収除外の趣旨であり、変更の相当性の認定は元来各般の事情を考慮されるのであるから、使用目的変更の具体的事情の差異は、特段の事情のある場合は格別、この点の違法事由の同一性には影響がないものと解するのを相当とする。

(なおこの点を新な違法事由としても、前記乙第二号証の前訴の判決によつて、そのような市街宅地に使用目的を変更するのを相当とするような状況にもなかつたことを窺うに十分であり、右認定を左右するに足る証拠がない。)

はたしてそうだとすれば原告の本訴の三の(1)、(2)の各主張は前示前訴の確定判決の既判力に反するものでありこの点において失当である。

しかし原告の本訴の三の(3)の主張は新な違法事由の主張であること明らかである。原告は本訴において別紙目録第一の(ロ)の土地については右三の(1)と(3)の各違法事由を択一的に主張しているものと解するのを相当とするからつぎに三の(3)の点の請求の当否について判断する。

同目録第一の(ロ)の土地の買収が四反五畝一七歩のうちの三反七畝一七歩の一部買収であることは当事者間に争いがない。

買収農地の範囲は買収計画手続上および買収令書にこれを特定すべきことは法規の命ずるところであり、右第一の(ロ)の土地のいわゆる一部買収においてどのような特定措置を講じたかについてなんら被告の立証するところがないから、右買収には買収範囲不特定の瑕疵があるものといわなければならない。

しかし農地買収において買収範囲が客観的にも特定していないことは通常ありえないところであり、その手続上特定の措置をとつていないにすぎないのが一般である。原告も本件土地についてもその主張のように異議訴願をしているのであるから、手続上特定の措置がとられなかつたため、実質上原告の権利擁護に支障を生じなかつたものというべく、前記瑕疵は重大かつ明白なものということができない。この点の原告の主張も失当である。

よつて原告の本訴中、別紙目録第一の(イ)、および第二の(イ)、(ロ)、(ハ)の各土地について被告のなした本件各買収処分の無効の確認を求める部分の訴は不適法としてこれを却下すべく、同目録第一の(ロ)の土地について被告のなした本件買収処分の無効の確認を求める部分の請求はその理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 瀬戸正二 諸富吉嗣)

(別紙省略)

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